繊細な夜明けの表現と、恋の和歌

「夜」のエネルギーから「昼」のエネルギーへ転換する時間。

 


「日の出」前のほんの1時間程度。
日本人は繊細なその変化をこんな言葉で言い表しています。


「かぎろい」
太陽が昇ってくるその方向の、山の稜線や水平線・地平線のシルエットが見え始める。


「東雲」(しののめ)
その方向の雲が紫色に見え始める、人の顔の判別がやっとできるくらいの明るさ



「あさぼらけ」
夜明けが近づき少しづつ明るくなってきて、何とか字が読めるほどの明るさ。


そのあと、「日の出」を迎える。



この言葉と情景を天城流師匠の錬堂先生から初めて聴いたとき、
その時間帯をこんなに繊細に言い分け、
エネルギーの変化を刻々と感じ取っている日本人の細やかな感性に
震えるほど感動しました!

 


「夜行性」のエネルギーから、「昼行性」のエネルギーへの変化の時間。

人間は昼行性の生物。
「日の出」にパワーをいただきましょう♪



「あさぼらけ」に反応したのは、子供の頃からお正月に家族で楽しんだ「下の句かるた」

北海道では、「百人一首」の下の句を「木の板」に書いて、下の句だけを読み上げてカルタ取りをします♪


父が読み上げてくれて姉弟で大笑いしながら楽しんだ「下の句かるた」。

その中にあった「あさぼらけ」

小さい頃は意味はわからなかったけど、恋の歌だったのね~( *´艸`)


明けぬれば
暮るるものとは
知りながら
なほ恨めしき
あさぼらけかな
(藤原道信朝臣)

現代語訳
夜が明けてしまうと、また日が暮れて夜になる(そしてあなたに逢える)とはわかっているのですが、それでもなお恨めしい夜明けです。


和歌が詠まれた平安時代は、男性が女性のところに夜に訪問して、朝に帰っていく、という時代。
平安時代の若者が、いとしい恋人との逢瀬を重ねる夜。
夜がもっと長ければいいのに、夜が明けてしまうのは恨めしい。
ちょっと照れくさくなるような初々しい恋の歌。
(ネットの「ちょっと差がつく百人一首講座」を参考にさせていただきました)


 

こんな和歌を詠いたくなるような「恋しいお方」が居たら・・・。
嬉しいのになぁ~( *´艸`)